やっほー!リコだよー!僕たちサイドキックスがジャパンに遊びに……お、お仕事しに行くよー!みんなで撮った写真とか、いっぱいアップするから、楽しみにしててねー!ジャパンのTwitter(@eXtend_SK)でもたくさんツイートするから、絶対見てねっ!

サイドキックス来日中!

※仕事で来日しています
      

"Glass reflection" feat.シシバ

 水槽の中の魚を見るのは初めてではなかったけど、こんな風に大勢で来たのは初めてだった。水族館は泳いでる魚達をただ黙って見ているものだと思ってたし、それで十分だと思ってた。今は、珍しい色の魚がいればリコが大はしゃぎするし、知らない形をした魚が泳いでくればチカが驚く。ヒバリはあまり大勢で行動するのは好きじゃないと思ってたけど、一歩後ろからみんなを見てる顔は楽しそうに見えた。
「お魚、綺麗だね」
 イノリが隣に立つと、フワリと優しい香りがする。イノリはガラスに手をついて、目をキョロキョロと動かしながら魚の動きを追っているみたいだった。いろんな種類の魚が混ざって泳ぐ大きな水槽。目で追うと、数匹ずつ、小さな群れのようにかたまっていたりする。大きな魚と、小さな魚。
「一緒に泳いでるのって、親子なのかな」
「そうかも。小さな魚が一生懸命追いかけてるの、可愛いね」
 イノリは小さく笑って指を指す。
「魚にも、親子があるんだね」
 イノリが指し示した先には、大きな魚を追いかけるように泳ぐ小さな魚たちがいた。
「ねえ、イノリは水族館とか動物園とか、よく行くの?」
「うーん、小さい頃は親と一緒に行ったりしたよ」
「そっか。僕はあんまり行ったことない。そういう、家族とかと行くようなところ。動物も、魚も、見るのは大好きだけど……あんまり、親と一緒にいなかったから」
 返事が返ってこなくて、横を見ると、イノリは困った顔をしていた。
「聞きたくない?」
「え? そうじゃなくて、その……聞いていいのかわからなかったから」
「なんで? 僕から話し始めたのに? イノリが聞きたくないんだったら話さない方がいいかなって思って返事待ってたんだけど」
「えっと……聞いてもよければ、教えてくれる?」
「僕は親のこと、よく知らないんだ。だからよく分からない。色々忙しい人達だったから……色々……」
 嘘をついているわけでも、誤魔化しているわけでもなかった。本当によく知らない。ただ、それだけ。何に忙しかったのかも知らない。
「そう、なんだ……」
 イノリの返事は気まずそうだった。確かに、こんなこと言われても、なんて答えていいのか分からないだろう。別に、辛いことでも悲しいことでもないけど、他人からしたらそう聞こえるだろうな。ふっと息を吐き出す。
「人間は食物連鎖の頂点にいるのに、動物の方が強い絆を持ってることもあるんだね」
 口にした瞬間、しまったと思った。また言い方を間違えた。イノリを困らせてしまったに違いない。
「そんな顔しないで、イノリ。あのさ、嫌な気持ちとかは少しもないよ。本当に。ただ、他の人とか、あの魚達が持ってるような絆が、よく分からないだけ。でもさ……」
 言葉を続けようとして、自分の口元が緩んだのに気づいた。水槽のガラスに反射する自分は、まるで他人のように見える。
「みんなと一緒にいると、こういうのが家族なのかなって勝手に思ってる。だから、僕にとっては、みんなが家族」
 イノリはどう返事をするのか迷っているようだったけど、ただ黙って、笑顔で大きく頷いてくれた。
「イノリ、見て。あそこ、あの一番すばしっこいのがリコかな。その近くにいる、近寄ると怒ってるの、チカみたい。サンゴの周りをゆっくり泳いでるのはヒバリ、かな。少し離れてじっと見てるのがノラ。岩陰で動かないの、たぶん寝てるよね。あれがタテワキ」
 僕がガラスを爪でコツンと叩いて言うと、イノリは水槽の中を見回して、同じようにコツンと小さく爪で音を立てた。
「あそこ、キョロキョロしてた小さい魚を連れてきた、青緑色の魚。あれがシシバだね。連れてきてもらったのが、たぶん私。道に迷ってたのかも」
 イノリが指差した方向には、2匹の魚がいた。僕がみんなに例えた魚たちがいる方へ泳いできたところだった。

 水槽の中にはたくさんの魚たちがいる。分厚いガラスの向こうで泳ぐ、その青緑色の魚はとても嬉しそうに見えた。

 そのガラスに映る自分も笑っていた。

-photo by Inori, 2017.07.08

(text by minetaka)

"It will" feat.チカ

 タワーの上から見下ろす景色は、なんと表現していいのかわからないけど、とにかく『すごい』という言葉しか出てこなかった。本当にすごい。地上にいれば見上げるしかなかったビル達を、ここからなら見下ろせる。まるでジオラマみたいに、手を伸ばせば指で倒せそうなくらいだ。
 俺が育ったブルックスにはあまり高い建物はなかった。それでも教会の屋根に登ると、下にいたら見られない景色がある。それに、屋根から夜空を見上げれば、どんな建物にも木々にも邪魔されずに星を見られた。それが好きだと言ったら、あいつは「見ているものは上にいても下にいても変わらない、同じだ」と笑っていた。そんな風にたしなめながらも、俺がシスターの目を盗んで屋根に登るときには、いつも付き合ってくれたものだった。
 ふと、目の前に意識を戻す。隣にはイノリがいて、黙ったままの俺を心配そうに見ている。
「あ、悪い。そろそろ戻らないと、みんな待ってるよな」
「もういいの?」
「うん、ちゃんと見ておいたから。……あ」
 待っていてくれたのに、何にも説明していないことに気づく。
「あー……さっき『あいつの分も見ておきたい』って言ったのは、昔の友達の話」
「チカの、友達?」
「そ。そいつとさ、昔よく高いところに登ってたんだ。高いって言っても、教会の屋根くらいだけど……だから、いつか街全体が見渡せるようなタワーとか登ってみたいよなーって話してたの思い出してさ」
 つらつらと話し始めて、イノリの反応が気になった。俺の昔の話なんて、退屈だったかな。そう思ってイノリの顔に目をやると、小さく頷きながら、黙って聞いてくれていた。
「サクラダツリーってあるだろ? あれが出来た時、いつか行こうって約束してたんだけど、いつの間にかそいつとも疎遠になっちまってさ」
「そうなんだ……そのお友達は、サクラダにいるの?」
「んー、たぶん、もういないんじゃないかな? 探したけど、街を出たって聞いたし。それに、喧嘩別れしちまったから、もう会うこともない気がしてる」
「そっか……」
 イノリはまるで自分のことのように、寂しそうに目を伏せた。変だよな、イノリにしてみれば、たった今話に聞いただけの、それも他人の友達の話なのに。前から思ってたけど、イノリはそういうところがある。
「サクラダツリーに初めて行ったの、俺、警備の仕事だったんだ。その頃は地域課の実地研修ってことで、俺、制服着てたんだぜ?」
「へえ、チカも制服着て、パトカーに乗ったりするの?」
「当たり前だろ。ま、制服が全然似合わねーって先輩達に笑われたけどな」
 もう一度、ガラスの向こうの景色に視線を戻す。サクラダの景色とは違うけれど、見ているとサクラダツリーから初めて街を見下ろした時を思い出す。あいつと一緒に行きたかった、あいつにも見せたかった、そんなことを思ったんだ。
「……友達ってさ、時間が経ったり、環境が変わったりしたら、いつの間にか疎遠になったり、久しぶりに会っても懐かしいなって思えたりするもんだと思うけど……なんつーか、家族みたいなやつだったからさ、こんな風にすげー景色見た時とか、見せてやりたいって思ったりするんだよな。変なの。なんて言ったらいいんだろ、いつもいるっていうか……」
 喋りながら、自分が何を言っているのかだんだん分からなくなってきた。結局俺は何が言いたいんだろう? なんで、こんなことをイノリに話してるんだろう?
「いつか、会えるよ」
「え?」
 予期せぬ返答に、一瞬戸惑う。
「だってチカにとって、そのお友達は家族なんでしょ?」
「……うん」
 子どもみたいな返事をしてしまった。恥ずかしくて顔を背けたまま視線を向けると、イノリはガラスの向こうの景色を見ていた。
「家族なら、きっとまた会える」
 その横顔はどこか凛としていて、とても強く見えた。いつもの顔なのに、華奢な女の体なのに、何故かそう見えた。

 ーーー『きっとまた会える』

 イノリの声で聞くその言葉は、強く強く頭の中に響く。
「チカ? どうかした?」
 パッと目が合って、思わず声を上げそうになる。じっと見ていたのに気づかれたらしい。俺は上手い返事もできずに、ふいっと顔を背けてしまった。

『きっとまた会える』

 もう一度、その短い言葉を反芻すると、自然と目はまたイノリの横顔を探していた。

 ーーー凛とした、優しいその笑顔を。

-photo by Inori, 2017.07.15

(text by minetaka)

"Consolation" feat.ヒバリ

 古めかしい、というには小綺麗なダイニングバー。どこか懐かしい感じがするのは、アメリカの古いバーに似せているからか。話の流れでピアノを弾くことになり、久しぶりに鍵盤に触れた。今住んでいる部屋にはピアノなんてないし、触れる機会もほとんどないけれど、それでも指が覚えているものなんだと自分でも少し驚いていた。
 席に戻ると笑顔で迎えられるが、テーブルはすでに違う話題になっていた。タテワキもチカも、酒のせいか饒舌だ。……いや、普段からあまり変わらないか。シシバは酒に嫌な思い出があるらしく、一口も飲まないと決めているようだ。
「すごく素敵でした。なんていう曲なんですか?」
 隣に座るイノリちゃんが優しく笑いかける。
「フランツ・リストの『慰め』っていう曲。母さんが好きな曲なんだ」
「お母様から習ったって言ってましたね。……そういえば、ヒバリさんのお母様の話って、初めて聞いた気がします」
「言われてみれば、初めて話したかもね?」
 そう言われるまで気がつかなかったが、確かに家族の話なんてほとんどしたことがなかった。聞かれることもなかったし、自分から進んで話すこともなかった。
「お母様って、どんな方なんですか? ……あ、もし聞いてもよければ」
「息子の僕が言うのも変だけど綺麗な人だよ。今はフランスにいるからしばらく会ってないけどね」
 記憶の中の両親は、去年のクリスマスにビデオチャットで話したところで止まっている。季節の変わり目になると、その時々のポストカードを母が送ってくるくらいで、『元気そうにしている』なんて定番の表現しか思いつかなかった。そんなことを考えていると、目の前の彼女はじっと僕を見ていた。
「どうしたの?」
「あ、いえ……ヒバリさんのこと、知らないことばっかりだと思って」
「僕もイノリちゃんのこと、知らないことの方が多いよ。他人って、そういうものだから」
 『他人』という響きが、少し突き放したように聞こえたかもしれない。彼女はほんの少しの言葉の違いにも敏感で、それは気遣いであり、優しさであり、一方で傷つきやすい弱さでもあると常々感じる。次につなげる言葉を探している顔は、とても彼女らしい。ふたりで話しているとよく見る顔だ。
「幼い頃は父の仕事の都合でフランスにいることが多かったんだ。それからアメリカに来て、一番長く住んだのはシアトルかな。高校を出たら自由にしていい代わりに、自分で稼いで自分で選べっていう親の方針だったから、医学部に行くのは本当に大変だったよ。奨学金も使ったけど、足りない分はバイトで稼いでた」
「さっき話してた、モデルのバイトですか?」
「そう」
 小さく頷きながら、彼女の大きな目は僕をじっと見つめていた。
「どう? 僕のこと分かった?」
 彼女は返答に戸惑った顔を見せる。分からない、と正直に答えていいものか悩んでるのだろう。意地悪かもしれないが、畳み掛けるように続けた。
「分からないでしょ? そんなものだよ。どんなに過去を明らかにしても、秘密を分かち合っても、なんとなく分かったような気になるだけ。別々の場所で生まれて、別々に育った、別の生き物なんだから」
 僕の言葉の一つひとつを飲み込もうとしているように見える、その目はどこか寂しそうにも見えた。きっと『所詮は分かり合えないもの』だと聞こえたのだろう。思った通りの反応を、僕の中で答え合わせしていくような感覚だ。頬杖をついて、首を傾けながら、その顔を覗き込む。ほんの少し顔を近づけると、君は恥ずかしそうに一度視線を逸らす。
「でもね、だからこそ、同じ時間を過ごせば過ごすほど、過去や秘密なんて関係ないくらいに、相手の気持ちが分かるようになる。人間って、面白いよね」
 少し声を落として囁くと、君の大きな目はまた僕を捉える。
「僕が話した過去が本当かどうか疑ってる?」
「そんなことないです!」
「ごめんごめん、イノリちゃんは疑ったりしないって知ってるよ。そうやって慌てて否定するのが面白いから、いつもからかいたくなるんだ」
「もう……」
「ほらね、その顔」
 そう言うと、君は僕から見えないように顔を背ける。きっと可愛いふくれっ面だろう。
「ヒバリさんはいつも私の考えを先読みしてばっかり」
「それが仕事ですから」
 おどけてみると、君はふくれっ面のまま僕に向き直った。
「私も、いつかヒバリさんの考えが分かるようになりますか?」
「かもね」
 同じ時間を過ごしていれば、いずれ相手の気持ちが分かるようになる。それが人間同士というもの。君がもし、僕と同じ時間を長く過ごしてしまったら、いつか君にも僕のことがわかる日がくるだろう。僕にも、君の本当の心がわかるだろう。

 大丈夫。知る前に、離れればいい。知られないように、距離を取ればいい。

「私にだって分かりますよ、ヒバリさん」
「えっ?何が?」
 ふと意識を戻すと、上目遣いで僕を睨む君がいた。
「そうやって私のことをからかって、また私が何を考えてるか当てようとしてるんでしょう? ヒバリさんには絶対に分からないこと考えますからね」
「へえ。たとえば、どんな?」

また少し顔を近づけると、慌てて視線を外す、ふくれっ面の君。

不思議だね。分かっていても、ふと手を伸ばしてしまう。

ーーー人間は、とても面白い生き物だから。

-photo by Inori, 2017.07.29

(text by minetaka)

"Yubikiri" feat.ノラ

 夜の仄暗い川面は様々な光を反射して揺らめいている。イノリは手すりに手をかけ、遠くから近づいてくる屋形船の光を目で追っていた。
「それにしても、ノラは本当に日本が好きなんだね」
「好き、というか、祖母の故郷なんで」
「え? おばあちゃん……?」
 イノリは俺の方に向き直る。
「あれ?話してませんでしたっけ? 俺の祖母は日系人なんです。日本で生まれ育った人で」
「そうなんだ! どうりで日本に詳しいわけだね」
 幼い頃、母親のいない俺にとって、祖母が親代わりのようなものだった。毎日、手を引いてくれるのも、本を読んでくれるのも、祖母だった。その祖母が生まれたのが日本だと聞いた時、そこはどこか遠い異国の地で、自分はそこに行けることはないだろうと思っていた。幼い自分にとって、祖母の口から語られる日本は、ただ美しいものでしかなかったからだ。
「ノラのお祖母様は……」
 イノリは言いかけて口をつぐんだ。聞いていいものか悩んだんだろう。
「亡くなりましたよ。俺が家を出てから、しばらくして」
 ふと、冷静に自分を見ているような感覚にとらわれる。元々、自分のことを人に話すのは好きではない。気の合う人間だろうと、所詮は他人。話した事実をどう受け取るか分かりもしない相手に、話す必要もなければ、話すメリットもない。
 だからこそ祖母のことを誰かに話したことはほとんどなかった。しかし、俺の記憶の中だけにしかいなくなってしまった祖母が、いま目の前の彼女の脳裏にも描かれているのかと思うと、もっと話してしまいたい気持ちに駆られる。どんなに素敵な女性だったか、まるで子どものように得意げに話したくなってしまう。

ーーーこんなの、子どもじみている。

 大きく息を吐き、手すりに腕をかけて寄りかかる。川面は街の光を映して、キラキラと揺れる。記憶の隅に残る、祖母の話してくれた日本のこと。『もんじゃ焼き』という下町の食べ物が美味しくて、夜の川の景色とささやかな水の音が好きで、と。
「もっといろんなことを聞いておけばよかったなって、今になって思います。祖母が見ていたのは、どんな風景だったんだろうなって」
「……いつか、私もそう思うのかな」
「え?」
 イノリは独り言のように呟いた。
「ノラにもっと色んなことを聞いておけばよかったなって、私も思うのかなって」
「俺はそう簡単には死にませんよ?」
 笑って返すと、慌てて首を振る。
「もちろん、そういう意味じゃないけど! でも、死ぬとか死なないとかじゃなくても……ごめんね、なんて説明したらいいか分からなくなっちゃった」
 イノリは子どものような顔で視線を落とした。
「わかりますよ、なんとなく」
 俺にも、話しておけばよかったと思うときが来るのかもしれない。死に別れるとか、そういう状況でなくとも、そう思う日が来るのかもしれない。話したいと思う時に、話したい相手はいないのかもしれないのだから。
「じゃあさ、話せることだけでもいいから、もう少しノラのこと、話してよ」
 イノリは俺を真っ直ぐに見た。大きくて丸い、夕焼け空のような色をした瞳には、微かに街の灯りが映る。
「なんだか俺が秘密だらけの男みたいじゃないですか。俺は別に隠しごとをしてるわけじゃないですよ」
「でもあんまり話してくれないでしょ? 自分のことは」
 そう言いながら、ほんの少し口を尖らせる。
「そんな顔しないで。イノリがちゃんと聞いてくれるなら、俺もちゃんと話します。俺が言いたいのはそういうことです」
「分かった、ちゃんと聞くって約束する」
「本当に?」
「本当だってば」
「じゃあ、はい」
 右手の小指を立てて、差し出す。幼い頃、祖母がそうしてくれたように。
「指?」
「そう、約束の印。祖母が教えてくれたんです。小指を絡めて約束するんですよ」
「こう?」
「はい、約束です」
 絡めた小さな指の感触。幼い頃、祖母がくれたのと同じ、ふわりとした安心。懐かしい、この感じ。いつだったか聞いた『懐かしい』という言葉が持つ、古い意味はなんだったかな……。絡めた指をそのままにしていると、イノリは小さく首を傾げた。
「嘘ついたら針を千本飲んでもらいますね」
「えっ? 何それ?」
「そういうルールなんです、ユビキリ」
「それ、本当なの?」
 そう言いながら、上目遣いで俺を見上げるイノリ。

ーーーそっと小指に力を込めると、それに応えるように、小さくて柔らかな指先から、優しい力を感じた。

-photo by Inori, 2017.08.06

(text by minetaka)

"Promise the moon" feat.タテワキ

 ホテルのロビーラウンジで、少し冷めたコーヒーを啜る。ほんの少し苦味が舌に残る。もう一杯頼もうかと顔を上げると、ちょうどそこにイノリが駆けてきた。
「すみません、お待たせしちゃいましたか?」
 メニューを手渡すと、イノリは自分の分と俺の分、2杯のコーヒーを注文した。
「あの、お話って……」
「ああ、そんなにかしこまらなくていいって。さっき、帰るときに言いかけたこと、ちょうどいい機会だし話しとくかって思っただけだから」
「私の夢の話、でしょうか」
 イノリは心配そうに俺の顔をじっと見た。
「そんな顔するなよ、別にお小言じゃないって。予知夢の話でもないよ」
 ほとんど空になったカップをもう一度啜ると、苦味だけが口に広がる。
「俺の友達の話をしようと思ったんだ」
「タテワキさんの、友達……?」
 話し始めようとすると、ちょうどコーヒーが運ばれてくる。イノリは何も言わずにシュガーポットを俺の方に差し出した。
「ん、今日はブラックで飲むからいいよ」
「そうですか? 珍しいですね」
 熱いコーヒーを口に運び、ふっと息を吐く。

ーーーイシザキ。

 その名前を思い浮かべると、本人の顔よりも整然と並ぶ黒い傘の方が脳裏をよぎる。
「前に話したことあったっけ? イシザキのこと」
「ヤシロさんからお名前は……その、爆破事件で亡くなられたんですよね。タテワキさんの同期の方で……」
「そ。それが今から話そうと思ってる俺の友達の話」
 イノリはどう反応したものか、困った様子を見せた。まあ、死んだ友達の話と言われたら、リアクションに困るのは当然だろう。
「あいつさ、時計、見なかったんだ」
「時計……?」
 ふっと息を吐いて、椅子の背に大きくもたれかかる。そっと目を閉じると、マカリスター通りにある、あのバーが瞼に浮かぶ。タバコと酒の匂いまではっきりと思い出せそうなくらいだ。
「犯人が人質取って立て籠もった事件があったんだけどな。そん時、俺が現場を指揮して、人質も犯人も死なせちまった。最悪な終わり方だった」
 現場での一瞬の判断ミスで人を死なせた、そんな事件だった。誰もが「仕方なかった」と言ったが、その言葉を聞くたびに俺が思い出すのは、現場にできた赤黒い血だまりだった。
「そん時はしばらく休みを取って、毎日飲んでた。そしたら、イシザキは毎晩、俺が飲んでるバーに来た。で、俺が酔ってぐだぐだしゃべってんのを、ただ黙って聞いてた。朝になっちまった日もあった」
 目の前のイノリは、ただ黙って、小さく頷きながら、俺をじっと見つめている。ちょうど、イシザキがそうしていたのと同じように。
「あいつは新人警官の教育係もやってたから、朝早いのにさ。俺がしゃべんのをやめるまで付き合って、そんで寝不足してんのにそのまま仕事に行く。でもあいつさ、俺が話してる間、一度も時計を見なかったんだ」
 自分は昔から正義感に溢れてたわけじゃない。どちらかといえば、イシザキの方が正義を重んじていたし、人の役に立ちたいと言っていた。ポリスアカデミーにいた頃から、イシザキは明確に理想を抱いていた。そんなあいつを尊敬はしていたが、そうなりたいと思ったことはなかった。俺は、俺の守りたいものを守る。見たこともない沢山の誰かよりは、目の前にいる仲間だけを守りたい。そんな独りよがりな正義で、あいつのことも守る、そう思っていた。
「あー……何が言いたいかっていうと、お前のことが心配だってこと。どんなに大事な仲間でも、俺はお前のことを守るなんて約束してやれないんだ。お前が事件の夢を見るってことは、それだけ危険に近づくってことだろ? 嫌な思いも、辛い思いもたくさんする。そういうことにお前を巻き込んだのは俺だから、責任感じてんの」
 イノリは黙って下を向いてしまった。何を考えているかは簡単に分かる。
「…………」
「当ててやろうか? そう言われても自分の役目だからやめられない、だろ?」
「……心配かけてごめんなさい。でも、私にしかできないことは頑張りたいです。あ、でも、ちゃんとタテワキさんに心配かけないように気をつけます。だから……」
「頑張るのはよろしい」
 テーブルの上の、コーヒーカップを持つイノリの手に軽く触れる。小さな、手。こんなに小さな手でも、守れない時は来る。
「俺も偉そうに言ってるけどさ。チームだ、相棒だって言っても、いつ何時もそばにいられるわけじゃないんだ。いつでも助けられるわけじゃない。だから、心配しすぎちゃうわけ」

ーーー無責任に願ってもいいのなら、イノリが辛い時には、誰かがそばにいてくれますように。

「いてくれますよ、タテワキさんなら」
「ん? 俺が?」
 イノリの言葉に、思いがけず心臓が鳴る。真っ直ぐに、まるで俺を射抜くように体を通り抜けた。
「私達が困った時には、タテワキさんは必ず助けてくれますよ。だってタテワキさんはサイドキックスのリーダーじゃないですか。それに、タテワキさんはタテワキさんですから」
「何よ、それ。もうちょっと意味わかるように言えよな」
 小さく頭を小突くと、イノリは笑った。それを見て頬が緩むなんて、父親みたいな気分とでもいうのだろうか。ふとよぎる感情を、大きく息を吐いて消し去る。

ーーー無責任に願っても、いいのなら。

-photo by Inori, 2017.08.12

(text by minetaka)

"Something good" feat.リコ

 だんだん暗くなっていく空。水色だった空がオレンジになって、それが少しずつ黒に変わる。空が暗くなると、街が明るくなる。家の灯りも、街の光も、車のランプも、キラキラと光る。僕はそれが大好きで、大嫌い。
「リコ? どうしたの?」
 夕暮れの光はオレンジ色で、イノリの目の色によく似ている。イノリの顔をオレンジ色に照らす光も、だんだん暗くなっていく。
「イノリはさ、1日の中で好きな時間ってある?」
「え? あんまり考えたことないなぁ……昼も夜も、別に好きか嫌いか考えたことないから」
「僕は、朝でも夜でもない時間が好きなんだ」
「朝でも、夜でもない?」
 こうして話している間にも、少しずつ、少しずつ、夜の色になっていく。夜は、楽しいことがたくさんある時間だと思う。昔は金曜日の夜が大好きだった。学校が終わって、家に帰る時、空が暗くなっていくのに合わせてワクワクした気持ちになった。いつもより遅くまで起きてても、怒られない夜。寝たフリをして真夜中にお兄ちゃんとこっそり食べるお菓子。みんなで映画を見ながらソファで寝ちゃう夜。大好きだった。
「夜が明けた頃の時間、わかる? 日は昇ってるから明るいし、朝と見た目は朝なのに、すごく静かで世界がまだ眠ってるみたいな時間。見た目は同じなのに、車も人も、ほとんどいない。まるで、世界にひとりぼっちになったみたいな、そんな時間」
「リコはなんでその時間が好きなの?」
 イノリの顔は、どこか心配そうに僕を伺っているように見えた。そうだよね……なんか、僕、変なこと言ってる気がする。
「なんかさ、時間が止まってるような気がするんだ。そのままでいてくれたらいいなって、たまに思う」
「……リコ?」
 イノリは僕の顔を覗き込んだ。……絶対に心配させちゃってる。なんで僕は、こんななんだろう。もっとみんなみたいに、カッコいい僕になりたいのに。せめて、イノリの前だけでも。それなのに、お腹のあたりがざわざわするこの気持ち悪い感じは消えない。
「……もしも今日がすごく楽しかったら、明日は今日より楽しくないかもしれないし、今日嫌なことがあったら、明日はもっと嫌なことがあるかもしれない。だから、今日のままでいてほしいって……思ったりするんだ。あ! たまにだよ? 毎日そんな風に思ったりしてないよ!」
 自分で言いながら、自分で否定する。どこまでも自分がカッコ悪くて、恥ずかしい。イノリは僕のことをじっと見ていた。夕焼けのオレンジ色は暗くなっちゃったけど、イノリの目はいつもの綺麗なオレンジ色だ。
「私は違うよ」
「え?」
 イノリは笑った。
「私は明日もみんなに会いたい。明日もみんなと笑ったり、怒ったり、ご飯食べたりしたいよ。でもね、リコの言ってることも分かるの。なんていうのかな……なんかこう、何かすごく嫌なことがあったからとか、良いことがあったからってわけじゃなくても、ふっと考えること、あるよ。今のまま変わりたくないなあって。このままだったらいいのにって。深い意味はないんだけどね」
 イノリは遠くの景色に目を向けた。暗くなった街は、キラキラと明かりが灯りはじめる。街の光、ビルの明かり、車のライト。やっぱり夜の光は綺麗だ。
「もしかしたら明日はもっと楽しいことがあるかもしれない。でも、そうやって期待して、何もなかったり、嫌なことがあったら、がっかりするだろうなって思うけど……でも私は、明日のリコにも会いたいよ」
 その言葉を聞いて、ほんの少し息が止まる。

ーーー僕だけじゃなかった。僕だけじゃ、なかった。

「リコ? ごめん、なんか偉そうな事言っちゃったかな?」
「ううん、ありがとう、イノリ。 このままだったらいいのに、なんて考えてるの、僕だけかなって思ってたから……僕だけじゃなかったんだね。僕がおかしいんだと思ってた」
 言いながら、やっぱり僕の言葉はどこかおかしい気がしてくる。こんな風に言ったら、何かあったのかと心配されちゃいそうだ。何があったわけでもない。ただ、時々、こんな気持ちになる。イノリと2人の時は特に。
「そんな顔、リコらしくないよ。みんな同じだって。ね?」
 イノリが僕の肩を小さく叩いた。自然と自分の顔が緩むのを感じる。
「……イノリは不思議だね。イノリが大丈夫って言うと、本当に大丈夫な気がする」
「そうかなぁ?」
「ほんとだよ! イノリはすごい! イノリは、イノリが思ってる以上にすごいんだから! みんな絶対そう思ってる!」
 イノリの手を握って一息に言った。思ったより大きな声が出ていたことがちょっと恥ずかしい。イノリはふわっと笑って、その手を握り返してくれた。
「リコも同じだよ。みんな、リコのこと、すごいって思ってる。リコが思ってる以上にね」
「そう、だといいなあ……」
「じゃあ、明日、みんなに聞いてみたら?」
 首を傾げて、いたずらっぽく笑う。いつものイノリの笑顔。甘えるみたいに思い切り抱きつきたくなってしまう気持ちを振り払って、慌てて顔を背けた。
「えーやだ! なんか恥ずかしい!」
「じゃあ私が聞いちゃおうかな」
「だめ! 恥ずかしいから!」
「わかった、じゃあ聞かない。でも私が絶対保証する。みんな、リコのことすごいって思ってるし、リコのこと頼りにしてるよ」
 遠くで、車のクラクションが聞こえる。電車が走る音も、どこかで流れてる音楽も聞こえる。まわりの音が、たくさん聞こえてくる。さっきまでのモヤモヤした気持ちを、大きく息を吸って吐き出す。
「僕、お仕事であんまり役に立ててる気がしないけどなぁ」
「リコは私が嘘つきだと思ってるの?」
「え!? そんな風に思ってないよ! イノリは嘘つきなんかじゃない!」
「じゃあ、私の言ってること、信じて」

 明日は、何か良いことがあるかもしれない。
 明日は、何か悪いことが起こるかもしれない。
 でも、明日もきっと、大丈夫。

ーーー明日のイノリも、きっとそう言ってくれるから。

-photo by Inori, 2017.08.26

(text by minetaka)