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「ハイリゲンシュタットの歌」キャラクター人気投票の結果発表です。 19位から順に発表しています。 ※一部コメントにはゲーム内容を含むものがあります。
書き下ろしショートストーリーを読む
"幕間のひととき"
それは、まるで、五線譜の上から零れ落ちた音符のように。
「……なあ、リート」
いつもまっすぐ耳に届いてくるハルトさんの声は、聞き逃してしまいそうなぐらい弱く、かすれて……もうほとんど音になっていなかった。
「ハルトさん……」
ゆっくりと私を捕らえて離さない瞳。
強い意思は残したまま……けれど、不安に満たされるように潤んでいて。
今のハルトさんが出来ることは……きっと、それだけ。
だから、私も、私に出来る精一杯のことをしようって、決めたんだ。
「あの……安心してください! 私が、必ず……ハルトさんのことを──」
「やめてくれ」
「やめません! 私はたくさんのことをハルトさんや、シャルの音楽に教えてもらいました。絶対、大丈夫です!」
「リート」
「ハルトさん、私を……信じてください」
横たわるハルトさんの身体に触れ、微笑む。
紐でぐるぐる巻きにされたハルトさんの手は、少し、いやかなり、握りにくい。
「……ディー君、縛るのじょうず」
「じゃないッッッ! どうして風邪をひいたからって手足を縛られベッドに括りつけられなきゃならないんだッ!? 俺が一体何をしたと言うんだ! これじゃまるで罰じゃないか、完全なる拷問じゃないか、出るとこに出たら俺は確実に勝利をおさめる自信がゲホゴホゴホッ──!」
「ああ、ほら、ハルトさんダメですよ。そんなに息継もせずまくし立てたら…‥たかだか風邪と思って放っておいた結果がこれなんじゃないですか」
「ッ、く……俺が、悪いのかッ……」
身動きひとつ取れないまま、ハルトさんはがっくりと肩を落とした。
同時に、ぴぴ。と体温計が鳴る。『38.7℃』。アルシェさんが「これなんとかしてよ」とハルトさんを私の部屋に運んで来た時よりは、だいぶ落ち着いているけど……
この様子じゃ……舞台には到底立てそうもない。
明日は王立劇場とは違う小さなホールでのコンサートに、特別ゲストとして呼ばれているみたいだけど、ハルトさんにとって公演の規模は関係無いだろうし、きっと無理をしてでも行くつもりだったんだろうな。
「ハルトさん、お願いですから、今は安静にしてください」
「……」
ハルトさんからの返事はない。
演奏することが出来ないハルトさんが、音楽の為にしてあげられることは……指揮棒を執り、音を正しい方向へ導いていくこと。
『俺は、音楽に嫌われてもいい。俺が、誰よりも音楽を愛していれば、それでいい』ハルトさんはそう言っていたけど……今なら分かる。
シャルに芽吹いた心を宿した音楽達が、ハルトさんのことを嫌いなることなんか無いって。
両想い、なんだよね。
私なんかには到底入り込めない、強い絆で結ばれている。
私は、軽くため息をつく。
「……そう言うと、思っていました」
だったら私に出来る精一杯のことは……これしかない。
「縄を解きます」
「リート……?」
「ただし、条件が」
「条件……?」
「はい。ハルトさん。私に、風邪をうつしてください」
「……は。お前、一体何を言って──」
私は布団の中へと手を伸ばし、ハルトさんを拘束している縄の在り処を探る。
「おい、リート……!」
「いいですか。ちゃんと、ウイルスを導いて、私のところに届けてくださいね」
その時。
思いのほか、するっと、縄は解けた。
「わ!」
そして自由を手にしたハルトさんは、逆に私を捕まえて……風邪で弱っていても、力強い腕に引っ張りあげられ、私はずるずる布団の中へと引きずり込まれてしまった。
「ちょ、ちょ、ちょっと、ハルトさん……!」
気が付くとハルトさんのお腹の上に跨る格好に……
あと、顔が、顔が、ち、近い、です……!
慌てて離れようとすると、
「ぁいたっ」
そのままコツンと額をぶつけられた。
熱い……。
ハルトさんの熱のせい? 私のドキドキのせいも、ある、かも……。
「どうして俺が、お前に風邪をうつさなきゃいけないんだ?」
「だって……」
「だってじゃない。せっかく風邪をひいたのに、お前にうつしたらすぐに治ってしまうだろう」
「はい……ごめんなさ……ん?」
……せっかく、風邪を、ひいたのに?
「あの、ハルトさん……今、なにか、おかしなことを言いませんでしたか?」
「おかしなことを言っているのはお前だ。俺にウイルスを導く力があるのなら、とっくに風邪をひいている。昔から、健康優良児でな……今日は俺にとって、初めて風邪をひいた記念日なんだ」
……えーと。
……えーと。
「ごめんなさいよく分からないです」
「分からなくてもいい。俺は、今、風邪を楽しんでいる」
「あ、あの、でも……ハルトさん、お仕事は……いいんですか?」
「当たり前だろう。俺は風邪をひいているんだぞ」
「そ、それは、分かってるんですけどっ」
「公演はクラヴィアが代わりに行ってくれるそうだ。アイツに任せられるのなら、俺も安心して休める。……と思っていたのに、どうしてベッドに括りつけられきゃいけないんだ。俺は、風邪をひいているんだぞ。放っておくな。もっと丁重に看病をしろ。それから、もっと──甘えさせろ」
そう言うと、ハルトさんは私の胸に顔を押し付けるように抱きついた。熱を持った息は、私の身体まで溶かしてしまいそうなぐらい……
「ハルトさん……」
「苦しい」
「……えっと、それじゃあ……背中をさすりましょうね」
「……さっさとしろ」
「はい」
客席から、いつも見ていた、ハルトさんの大きな背中。
そっと触れると、時折くすぐったそうに身をよじりながら、それでもハルトさんは私に身を預けてくれて……愛おしさがこみ上げてくる。
きっと、ハルトさんが風邪をひいたのは……ううん、ひけるようになったのは、周りに気を許せるようになったから。
ずっと正確な楽譜の上を歩いてきたハルトさんを、少しだけ、休ませてあげる為の……休符を、誰かが書き足してくれたのかもしれない。
それが、ハルトさんと音楽を繋ぐ……新しい絆。
だとしたら、私もちょっとだけ、ハルトさんと一緒の時間を過ごすことを──音楽に認めてもらっている、のかな?
「ああ。それから、汗をかいた。服を着替えさせてくれ」
「……ハルトさん。元気じゃないですか」
「元気なわけあるか。俺は風邪をひいているんだ」
「はいはい」
「……リート」
「あ、キスはダメですよ。私に風邪、うつしたら、終わっちゃいますからね」
「……お前……ぜんぜん優しくないな」
甘えん坊なハルトさんが可愛くて、ついつい意地悪なことを言ってしまう。
大丈夫ですよ。
風邪は、すぐにうつったりはしません。
こんな言葉は、飲み込んだまま。
「はい、ハルトさん。あーん」
次の演奏が始まるまで、もう少し、このまま──……
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